ゼロ号試写室

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『百円の恋』85点

100yen-koi.jp

【物語】★★★★☆

【演技】★★★★☆

【映像】★★★★☆

《総合評価》85点

 

すごい映画だ。

たいして宣伝もされてないので、知らない方も多いと思うが、

騙されたと思って、観てほしい。

こんなに豊穣な映画は、久しぶりである。

 

底辺で暮らす女子が、ボクシングで人生を切り開いていく、という物語。

と聞くと、クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラーベイビー』を

想起される方もいるかもしれないが、趣はかなり異なる。

まず、『ミリオンダラーベイビー』は基本的にはサクセスストーリーだが、

本作は、全然サクセスしないのだ。

底辺の世界で、漂い、もがき続ける。

そして殺伐とした世界観の中に、そこはかとなくユーモアがあり、人間味が溢れる。

「うわ〜、こんな世界、やだなあ」と思いつつ、惹きこまれる。

 

もう一つの違いは、役者の違いだ。

本作には、ヒラリー・スワンクのような美女も、イーストウッドのようないぶし銀も出てこない。

全員が全員、見た目も性根も冴えない、ダメ人間。

ブログ主も観ていて何度も「ひでえな、これ(笑)」とつぶやいたものだ。

もちろん、褒め言葉として。

ダメ人間、クズ人間の蠢きを、見事に活写しているのだ。

脚本、演出、演技の三拍子が揃っていないと、これは難しい。

すばらしい、底辺描写である。

 

それを支えているのは、演技力だ。

主演の安藤さくら、不勉強にしてブログ主は、本作まで知らなかった。

本作がはじまって最初の30分は、もう、主人公のダメさ加減に呆れ果てた。

こういう人、いるよ。

ほんと何の取り柄もない、ダメなやつ。

自分のことは棚に上げて、そう思った。

そう思わせるほどの、クズっぷりなのである。

本物(のクズ)を連れてきたのではないか、とさえ思った。

しかし、あとで調べたが安藤さくらは、本当は真逆のサラブレットだ。

父は奥田瑛二で、自らも学習院大学を出ている。

演技力で、底辺のダメ人間を、見事に演じきっているのだ。

後半では、プロボクサーと見紛うほどキレキレのシャドーも披露している。

感服するしかない。

 

脇役もすばらしい。

一人一人挙げてはキリがないのだが、準主役の男(恋人?役)から、

ちょい役の妹、バイトの店員に至るまで、本当にいい味を出してる。

この映画の撮影現場は、絶対に、いい雰囲気だったはずだ。

 

映像も凝っている。

間違いなく低予算映画なのだが、金はかけずに、知恵と工夫で

面白い画(え)を作っている。

時にスローモーションにしたり、時に長回しを使ったり、

あざとくない範囲で効果的に技術を披露している。

照明もにくい。

シーンによっては、あえて登場人物の顔を見えないくらいの暗さにするなどして、

セリフだけでなく、画(え)でメッセージを伝えてくる。

この一工夫、この一手間が、なかなかできないものなのだ。

 

昨今、「日本映画はダメだ」と言われることが多い。

たしかにハリウッドのSF超大作みたいなものは、日本は歯が立たないだろう。

中国、韓国にも、負けるかもしれない。

でも、それがどうした。

金をかけなければいい映画は撮れないのか?

有名俳優や人気タレントが出ないと映画は撮れないのか?

否である。

本作は、どう考えても低予算映画だ。

CGもないし、有名俳優も出ない。

なおかつ、美男美女も登場しない。

だが、抜群に面白いではないか。

ブログ主にとっては、『ジュラシックワールド』よりも面白かった。

 

素敵な脚本と、たしかな演技力と、製作陣の創意工夫があれば、

日本でも、低予算でも、面白い映画が撮れるのだ。

この映画は、そのことを照明している

 

 

PS

本作のエンドロールのクレジットに、いくつか撮影協力地が紹介されている。

でも、意図してかどうかわからないが、一箇所、名前が出てきていない地名がある。

主人公の住む木造アパートを含め、うらびれた、いかにも底辺の人が住んでいそうな、ガラの悪い地方都市が本作のメイン舞台だが、ここの地名が出てこない。

この映画の、半分くらいのシーンが、そこで撮影されているというのに。

その地名は、横浜市鶴見区の、沿岸部だ。

誰が選んだかは知らないが、このロケーションは、正解である。

鶴見区の沿岸部は、基本的にガラの悪い地区で、成人および学生の金髪率も高い。

だから、この映画ににじみ出ている「底辺感」は、鶴見区のおかげである。

地名を伏せたのは、ある意味配慮かもしれない。

もし鶴見区に住んでいる方がこれを読んで気分を害されたら、許してほしい。

かくいうブログ主も、そこの住民である。

映画に出てきたシーンの3割ほどは、もろに生活圏だ。

最初、「なんとなく見たことがあるような景色だな〜」と観ていたのだが、

途中、自宅の目の前が写って驚いた次第である。

 

繰り返しになるが、監督がこの地を選んだのは、

住民の一人として「正解ですよ」と言いたい。