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ゼロ号試写室

映画やDVDの感想。たまに初音ミク&仕事の雑感他。

『ちはやふる』に見る広瀬すずのキムタク症候群と映画産業の宿命的構造

昨日「原作未読だが」ということでレビューした『ちはやふる』。

アマゾンの無料お試しで原作コミックの1〜2巻が配信中だったので、

今日の会社の行き帰りに読んでみた。

で、思うところを少しメモしておく。

 

映画の評価自体は、変わらない。

無料で2巻だけ読んで偉そうなことを言う資格もないが、

2時間(上の句のみ)という限られた尺の中で、

なんとか原作に忠実にストーリーを繰り広げようとしていることが

あらためてわかった。

そこは良い出来だと思う。

細かい点を言えば、千早と姉との関係や、陸上部云々のくだりが、

映画ではチラッと出てくるが、そこの説明はほとんど劇中ではされておらず、

むしろバッサリとカットしてもよかったのではないかと思う。

 

一番気になったのは、主演の広瀬すず

先日も「『学校のカイダン』と同じテンションで」と書いた。

てっきり原作の千早もそういうキャラかと思っていたのだが、

読んでみると、そうでもなかった。

 

実写版の千早は、芯が強く、ピュアな大和撫子

これは『学校のカイダン』の春菜ツバメと同じ。

でもコミック版はちょっと違った(あくまで2巻までしか読んでないのだが・・・)

芯が強いのは同じだが、ピュアという感じではない。

やや俗っぽいところもあり、そこが魅力的なところでもある。

コミック版(原作)は、千早のそういう俗っぽいところや、

ややガサツな言動で、クスリと笑わされるシーンがちょいちょいある。

でも劇場版の千早で笑うシーンは、そういうものがない。

猪突猛進して、失敗して、ドジっ子として笑うシーンが多い。

 

おそらく映画版では監督が「広瀬すず」の良さを最大限引き出そうとしたのだろう。

その結果、コミック版に忠実であることを、ある程度犠牲にしたのだろう。

この選択を否定する気はない。

映画の完成度を高めるという点では、おそらく成功している。

 

ただ。

なぜ「広瀬すず」を主役にしたんだろうと、ちょっぴり思う。

広瀬すずは、おそらく、春菜ツバメみたいな演技しかできないのだろう。

これは、キムタクが何を演じてもキムタクであるのと同じだ。

『スペースバトルシップ ヤマト』、ええ、見ましたよ。

はっきり言って、駄作だった。

主役は、古代進という名札をつけただけのキムタク。

宇宙で波動砲ぶっ放す時もキムタク。

スマスマで豪華CGを使ったSFコントをやっているみたいだった。

 

でも、キムタクは悪くない。

古代進役にキムタクを抜擢した誰かが悪い。

あるいはキムタクに、古代進を演じさせなかった誰かが悪い。

キムタクは、たぶん、与えられた仕事を頑張っていた。

 

広瀬すずも、悪くない。

ただ、彼女を千早役に抜擢したら、原作の千早とはちょっと違う女の子になってしまうことは容易に想像できたはず。

広瀬「千早」も悪くはないけど、なぜ広瀬すずだったのか、という疑問は残る。

 

いや、正直に言うと、それが「疑問」でないことはブログ主も承知している。

答えは明白だ。

興行成績を高めるために、勢いのある人気女優を優先して選んだのだ。

そしてそのことを「金に目が眩んで原作を曲げたな!」と叱責するつもりもない。

興行成績は、大事だから。

 

収益をきちんと出さないと、映画産業が成り立たない。

ブログ主のような映画&漫画好きなら、主演女優が誰かで映画を選ばない。

面白そうだと思ったら、観に行く。

でも、それほど映画が好きでない人が、例えばデートで映画を観に行くとしたら、

やはり「広瀬すずが出てる映画」というのは、座りがいいだろう。

洋画でもそうだ。

ブログ主が映画にあまり関心がない女性を映画鑑賞に誘うとしたら、

「デュカプリオが出てるやつ」

ジョニー・デップの主演作」

と言えるほうが、何かとスムーズに話が進む。

個人的には、

「ちょい役でマイケル・ビーンが出てるやつ」

でも全然okなのだが、たぶん相手の興味はそそらないだろう。

 

そして、映画産業は、映画フアンだけで成り立っているわけではなく、

当然ながら、デートや親子の娯楽のようなライトユーザーのおかげで成り立っている。

だから、彼らの食指を刺激するような役者を使うことは、

ごく自然なことであり、大事なことなのだ。

今回、千早役が広瀬すずであったことも、ある意味、妥当なところなのかもしれない。

 

再三繰り返しになるが、広瀬千早も悪くない。

ただ今回、『ちはやふる』の原作と劇場版をたまたま見比べて、

いろいろ思うところがあり、メモした次第だ。