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ゼロ号試写室

映画やDVDの感想。たまに初音ミク&仕事の雑感他。

『印税率3%問題』で考えたこと

ビジネス書の有名著者、酒井穣さんのフェイスブック上での発言が、物議を醸し出してるようです。イケダハヤト氏のブログ等で拡散され、下記コメント当は100件ほどシェアされています。

 

つい最近、印税率3%で僕の本を出したいという出版社が来ました。出したい企画でしたが、断りました。そもそも、消費税率よりも低い印税率って…

にしても、本を書く仕事って、本の価格の3%しか価値ないですかね?僕の場合は、ライターを使わないで全部自分で書くので、この印税率では無理です。

本を買っている人は、残りの97%を誰に支払っているのか、考えてみてもらいたいです。それが、出版社、印刷、紙、デザイン、取次、書店なのですが、97%って、どうですかね?みなさん、そんなに著者に意味がないと思いますか?

こういうことをされると、著者としては、出版社や取次を応援する気持ちはなくなります(もちろんちゃんと10%の印税率をくれる出版社は応援します)。生き残りに必死なのはわかりますが、3%とか、やりすぎでしょう。

 

同じ業界に生きるものとして、いろいろ考えさせられたので、頭の整理のためにも書いておきます。

 

まず、前提条件の確認。

「印税率3%で僕の本を出したい」とは、「原稿を書いてもらう印税を3%で提示した」ということだろうと解釈することにします。

というのも、「原稿を書いてもらう」のなら3%は破格に安いけど、そうではなく「監修してもらう」「取材させてもらって、原稿はライターがまとめる」のであれば、「印税率3%」は、相場的にはそこそこ妥当だからです。これが高いか安いかはさておき、有名作家であっても、これくらいの値段で、私もいつも交渉しています。

「僕の本を出したい」という表現がやや微妙なので、一瞬「ん? どっち?」と思ったのですが、あとあと読むと、「本を書く」「自分で書く」という言葉が見られるので、たぶん、自分で原稿を書くことを依頼された、という認識で間違いないでしょう。

(もしこの前提条件が違えば、酒井さんがミスディレクションしてることになります)

 

で、ここからが本題。

もしそうなら、酒井さんが不快感を示すのも、ほんとうに、もっともです。

いま、ビジネス書の初版部数は6000〜8000部くらいが一般的。

酒井さんクラスなら1万部、というのもアリかもしれませんが、2万3万という部数は刷れないと思います。

仮に定価1400円で7000部の初版だとすると、1400✖︎7000✖︎3%で、印税はざっくりと30万円程度。

もし酒井さんが一ヶ月執筆に専念しても、日当1万円にしかならない。

増刷次第で手取りは増えるが、増刷しない可能性だってあるから、そこは考慮しない。

それに、増刷しても印税比率は変わらないから、そこはとりあえずスルー。

 

世間一般的に言われているように、印税は10%が目安、というか、標準的。

いや、標準的だった、というべきか。

かつては、ほとんどのケースで10%で、新人や売れてない著者だと6〜8%に、少しまけてもらったりしていた。

逆に、どんなに売れっ子でも10%を超えることはほぼない。全盛期の某有名作家が12%を勝ち取っているという話を聞いたことがあるが、例外的なケースだ。

 

この10%ルールがいつから決まったのかは知らないが、古くからあるエコシステムの中で、落ち着いた数字だと思われる。

 

「著者以外が90%もとるのか?」と思われるかもしれないが、この90%を、書店、取次、出版社で分けるのだから、別に誰かが9割をピンハネするわけではない。

さらに言うと、出版社は、著者と並んで出資者でもある。編集、印刷、製版、販売等、人件費を含めると、どんなに少ない部数であっても、本1冊を世の中に送り出すのには、200〜300万円は最低でもかかる。

 

著者の場合、もちろん執筆という投資をするが、どんなに売れなくても印税というリターンが返ってくる(ここでは、有名になれるとか、ブランディングできるとか、そうしたリターンについては一旦忘れ、お金の話だけにする)。なぜなら、販売部数に対してではなく印刷部数に対して印税が支払われるからだ。

 

しかし出版社の場合はそうはいかない。売れないと、数百万の出資に対して、リターンがほぼゼロ、ということもあり得る。とすると、経済的に100万単位の損失を被ることもある。

 

そうしたことを勘案すると、印税10%というのは、かつては、そこそこ均等が取れた数字だったのかもしれない。

(個人的には、やや出版社が有利だったのではないかとも思う。また、なぜそうした有利な立場に立てたのかは、やはり、情報を頒布する手段が昔は限られていたからだろう)

 

さて、そんな「10%」の相場は、昨今崩れ気味だ。

有名作家でも8%でお願いすることがあると聞く。

いうまでもなく、出版社の経営状況が悪化しているからだ。

 

印税率のダンピングにも増して広まってきているのは、実質印税方式だ。

つまり、刷り部数ではなく、販売部数に応じて支払われる印税のことである。

これは著者にとって不利益変更に他ならない。なぜならそれまでは、売れなくても、印刷しただけで印税がもらえていたのだから。

仮に2万部印刷するとしよう。

以前のルールなら2万部分の印税が無条件で振り込まれていたわけだが、実質印税方式なら、たとえば1年後、その本が1万部売れ残った場合、1万部分の印税しか振り込まれないことになる。

これについては、従来「やや著者に有利だった条件」が是正された、という見方もできよう。

 

ちなみにこの実質印税方式、著者から見れば基本的に「いやな」話なのだが、場合によっては著者自身が歓迎していることがある。

 

たとえば著者が無名で、出版社が「この本が売れるかどうか微妙だな」と考えた場合。企画会議に通らず、出版そのものができない、ということが起こる。

そんな時に著者が「実質印税でいいよ」と提案すれば、出版のハードルは、やや下がるのだ。出版社としては、売れなかった場合のリスクをある程度著者に移転できる(100%ではない)ので、多少は前向きに考えることができる。

著者にとっては、ベストな解ではないが、門前払いされることを回避できる選択肢を手に入れたことになる。

なお、こうした「歓迎」は、実は有名作家にも起こり得る。

ある売れっ子は「実質印税でいいですよ。ただし印税率は12%ね」と提案している。

リスクは自分で持つから、リターンも多めにしてよ、ということだ。

自信があるなら、これはウエルカムなオプションである。

 

さてさて。

このように一般的には印税相場は下降気味である。

ただし、業界の名誉のために言っておくと、酒井さんクラスの著者に3%で執筆を依頼するのは、極めて異例のことで、驚きである。

私なら、売れそうなテーマなら10%、ちょっと不安があるテーマでも、せいぜい9か8%で打診する。

 

出版社によっては、売れなさそうな新人著者には5とか6%の条件を飲んでもらっていると聞いたが、それでも5か6だ。

3%というのは、私の感覚からするとありえない。

原稿を書いてもらうという楽ではない行為に対して、なにも誠意を示していないのと同じのように思える。

 

打診した編集者に、どのような事情があったのかはわからない。

ひょっとしたら零細出版社で、でもどうしても酒井氏に本を執筆していただきたく、ダメモトの会社として最善の提案が、結果的には3%だったのかもしれない。

それなら多少の同情の余地はある。

変なたとえになるが、ブサイクで稼ぎも少ない男が、どこかの令嬢に恋をして、ダメモトでアタックしたようなもの。結果的に「自分のお立場がわからないのかしら?ほほほ」と振られたにせよ、玉砕覚悟の、その意気やよし、である。

(仮にそうなら、酒井氏は、そのことを晒すようなことは控えたほうがいい)

 

あるいは、「まずは、安くふっかけてみよう」ということだったのかもしれない。

というか、世間的には、これだろう、ということになっているし、私自信、その可能性が高いと思う。

何冊も本を出し、だいたいの相場がわかっている酒井氏が、これに立腹というか落胆することは、実に自然なことだ。今回、こうした事態を晒すことは、あまりきれいなこととは言えないが、出版社名や編集者名まで晒さなかったのは、氏の良識と言えるだろう。

 

ネット上のコメントを見ると、「出版社はもう終わりだ」「紙はこれだから古い」という論調が多い。そうした見方に反論する気はないし、あながち、間違いでもないと思う。

 

ただ、出版社がみんな3%で執筆依頼をしているかのように思われたことは、非常に残念だ。非常にレアケースであり、酒井氏もコメント欄で「過去の書籍の出版社はきちんと支払っていた」と書かれているが、それをかき消す勢いで、「出版業界は著者にひどい」「だからダメ業界なんだ」というコメントがネット上に溢れてしまった。

 

酒井氏も「取次や出版社を応援したくなくなる」と書かれているが、そう考える人が一人でも増えてしまったことが、残念であり、この3%の打診をした編集者と出版社に、すこし恨み言を言いたくもなる。

 

私はできれば、この剣の火消しをしたいのだが、そんな力もないので、もんもんとここでブログを書いて、終えることにする。