木下恵介『花咲く港』『陸軍』、溝口健二『雨月物語』の感想
その名前と作品だけは学生の頃から知っていたけど、アクション娯楽映画しか興味のなかった私が一切関心を示さなかった溝口健二と木下恵介映画。
いい歳になったので、そろそろと思い3本観てみた。
結論から言うと、評判通り、私の想像以上の良作だ。
ただし、この歳(40代オーバー)だからこんなことが言える。
血湧き肉躍る映画が好みだった学生の私にはオススメしない。
黒澤を見ておけ。
『雨月物語』は、日本の古典映画の代表的な作品で、ベルリン映画祭金熊賞を取るなど、今なお世界的な評価の高い溝口作品だ。
しかしDVDのパッケージの解説を見るだけでも、全然面白そうじゃないなあと言うのがブログ主の正直な感想だったが、頑張って観て観た。
すると、意外に楽しめた。
ただし、なんだろう、「同監督作品をもう一回観たいか?」と問われれば、もういいかな。いい映画だけど、もうわかった的な・・・
古今東西に通用する普遍的なテーマを扱っているので世界でも評価されるのはわかるけれど、そして確かに観てよかったと思うけれど、なんと言うか、国語の授業で先生に無理やり見せられるような映画だな。
伝説の女優、田中絹代をきちんと観たのも初めて。特段美人とは思わないけど、日本的な女性の代表なんだろうな。
『花咲く港』は、木下監督デビュー作らしいが、こちらは愉快な人情コメディだ。
『男はつらいよ』が好きなら楽しめるだろう。
ただ、あまり「過去の名作」として紹介されないであろう理由もある。
やや右寄りな場面、率直に言うと、「鬼畜米英に負けるな」「お国のために戦って死ね」的な描写が、ところどころ出てくるのだ。
ブログ主はその辺りでヒステリーになる性格ではないので「やっぱり当時はそうだったんだなあ」くらいにしか思わないが、現代の学校教育でこの手の作品を生徒に見せることはまずもって無理だろう。
『陸軍』は、さらに国威啓発映画と言うか、軍賛映画である。
病弱な男が、軍隊で活躍できないことを嘆く映画である。
ただ、観ていて退屈はしなかった。
当時、世の母親は(少なくとも主役の母親を演じる田中絹代は)「子供は国の宝。それを預からせてもらっている」「立派に兵隊になることができて、ホッとしている」と思っていた、あるいは、そう言わなければならない空気があったのだなあ。
同じ日本でも、全く異国のように感じた。
なお『陸軍』は、戦意高揚映画に見せかけた、反戦映画とも言われている。
確かに、ラスト10分くらいまでは「いかにお国のために死ぬか」が登場人物全員の目的になっているのだが、最後の最後、はたと気づいたように、母の田中絹代が、出征する息子を追いかけるシーンがある。それまで、あれだけ誇らしく見送っていたのに。
その焦燥感、後悔、そうしたものをにじませた表情を見せるラストの田中絹代は、不覚にも美しいと思ってしまった。それまで、なんでこんなおばさんを評価するのだろうと不思議だったが、最後の表情でそれが全て理解できた。
名作と言われるのには、それなりの訳がある。
『ブレードランナー2049』84点
【物語】★★★★☆
【演技】★★★☆☆
【映像】★★★★☆
《総合評価》84点
往年の名作の、新作である。
観る前は心配していた。
『マッドマックス 怒りのデスロード』になるか。
『エイリアン コヴェナント』になるか。
果たして、心配は杞憂に終わった。
前者である。
つまり、良い続編であった。
前作から数十年後の舞台。
ストーリは、前作を見ていれば、より直感的に理解できるが、
前作を見ていなくても、そこそこSF映画慣れした人であれば理解できるレベル。
(ちなみにブログ主の隣に座っていた女性はチンプンカンプンだったらしく、隣の彼氏に逐一説明を求めていた)
鑑賞前に見たいくつかのレビューでは「退屈」みたいな書き込みがあり、「おいおい、ブレランはそもそもやや退屈な映画だろ? 何言ってんの?」みたいに思っていて、多少の退屈は覚悟して行ったのだが、約3時間、全く退屈しなかった。
さりとて、マイケル・ベイの映画のように爆発シーンとCGとアクションシーンのオンパレードみたいな安っぽい作りでもなく、非常にバランスの良い仕上がり。
しかも、脚本的にも好み。
ストーリーは観てのお楽しみだが、感情移入しやすく、心にしみる。
ブレードランナーの正当な進化系として受け入れられる。
演技は、個人的に大好きなライアン・ゴズリングが出ているだけでもう満足。
影がある主役をやらせて、これほどクールな男は今いない。
世界観にマッチしていて申し分なし。
ハリソン・フォードは、期待以上でも以下でもなし。
ただし、スターウオーズの新作と比べれば、ブレードランナーの新作の方が、個人的には好みである。
映像は、特筆すべきほどではないが、前作に負けじと頑張っている。
今のCG技術を持ってすれば、そんなに飛び抜けたレベルではないが、乾いた未来感が、これまた俺ごのみ。この世界観を構築したリドリー・スコットとシドミード、その世界観を受け継いだ本作に敬意を表する。
しかし、リドリー・スコットが監督するのではないと知った時にはやや心配したものだが、全くの杞憂だった。
むしろ、『エイリアン コヴェナント』を観たあとでは、リドリーが監督をしなくて本当によかったと思う。
『ドリーム』81点
【物語】★★★★☆
【演技】★★★★☆
【映像】★★★☆☆
《総合評価》81点
『ララランド』より米国では評価が高かったのに(アカデミー作品賞ノミネート)、
日本ではなかなか公開されなかったとの訳あり作品。
そりゃ、ライアン・ゴズリングも出ないし、『ムーンライト』のように実際にオスカーをとったわけでもなく、女性問題・黒人問題を扱った作品なんて、日本での興行があまり期待できるもんではない。
でも、モノは本当に良かった。
観て、大変爽やかな気分になれた。
NASAという、世界でも一番頭のいい連中が、世界的な偉業をやってのけるところで、
黒人差別がこんなにも「当たり前」だったことは、言われてみれば「そうかもしれない」と思った。
当時としては、それが普通で、別に悪気はなかったのだろう。
本作のいいところは、それを、テンポよく、コメディタッチで描いているところ。
これを辛気臭くやられたのでは、真面目な、つまらない映画になっただろう。
主役三人は、はっきり言って私は知らない。
それよりも注目に値するのは、ケビン・コスナーとキルティン・ダストンの脇役。
二人の存在が、映画の価値を高めている。
ケビン・コスナーの役回りは、いわゆる「美味しいところ」だが、
キルティン嬢の役回りは、むしろヒール。
スパーダーマンのヒロインだった頃は「なんでこんなブサイクが」と思ったものだが、
本作では実にいい感じで、嫌な奴を演じていて、これがいいスパイスになっている。
テーマの良さに甘えず、脚本、演出をきちっとして娯楽映画として完成させたところが、本作の成功ポイントだろう。
『砂の器
【物語】★★★★★
【演技】★★★★☆
【映像】★★★★☆
《総合評価》94点
名作と言われていることは知っているし、テレビドラマ化されるなどして、およそのあらすじも知っている。でも見たことがないので、生まれて初めて見た。
噂に違わぬ傑作だった。
ただ、中年になってから見たのは正解だと思う。
20代の頃に見たら、これほどは感動しなかったのではないか。
あらすじはもはや言うまでもない。
「ああ、これがドラマチックと言うのだな」と、その一言だ。
とすると、最近の「ドラマ」の、なんとドラマになっていないことよ。
あと丹波哲郎、加藤剛、森田健作の演技、また渥美清他のバイプレイヤーの存在は絶品。(この辺りは、若い方にはあまり効き目がないかもしれないが)
大スターのオーラというのは、フイルムでしか出せないだろうか。
映像は、大変味わい深い。
パンなどをすると画面が揺れるなど、今では考えられないようなこともあるが、
フイルムならではの味わいが、なんとも言えない。
戦前、戦後の日本の姿を見ているだけでもうっとりする。
私が生まれる前の映画だが、幼少期の頃の記憶にある日本の姿と少しリンクしているところもあり、戦前、戦後、高度経済成長とダイナミックに変わり続ける日本を、感覚的に堪能できた。
ええ、泣きました(笑)
感動する映画と言われているもので、本当に泣けるものは少ないのだが、これは泣いた。
ただね、ある程度としを食って、人生の酸いも甘いも味わってからの方が、この映画は染みると思う。
ああ、見てよかった。
『ソウルステーション:パンデミック』は『新感染』と同様に面白い。76点。
【物語】★★★☆☆
【演技】ーーーーー
【映像】★★★☆☆
《総合評価》76点
思わぬ拾い物だった『新感染』の前日譚アニメ。
監督も同じ(アニメが本業)。
前回は「期待していなかったが」、今回は「期待を裏切らなかった」。
つまり、面白かったと言うこと。
あくまで、ゾンビ好きの人に限る、と言うことだが。
この監督の映画のいいところは、変な斬新さを狙わず、丁寧なストーリーテリングを心がけることだろう。
本作も、ストーリーはシンプルながら、テンポよく、過不足なく、興味深く話しが進んでいく。話の背骨が非常にしっかりしていて、心地よい。
案外、これが難しい。
強引な筋書き、映像や演技による誤魔化しで、「物語が雑だなあ」と感じる映画は、日本でもハリウッドでも多い。
目新しい要素はないが、客が堪能できる料理をきっちりと出してくれる。これ、非常に大事。満足感が違う。
個人的には、ゾンビとしての新情報は得られなかったが、韓国の事情が色々分かったことは副産物として収穫だった。
経済格差(駅のホームレス)、根強い男尊女卑もそうだが、「お国のため」と言う考えが彼の国にはあるのだと言うことを改めて思い起こした。韓国だけでなく、やはり、徴兵制がある国は、「国に仕えた」と言う意識を持つのだ。日本で今、「俺は国のために尽くした」と言える人は、本当に少数派だろう。
アニメーションの技術であるが、これが高いか低いかは、ブログ主にジャッジすることはできない。一見アメコミ調っぽく、ペラっとした感じであるが、個人的にはまったく気にならない、普通に楽しめる映像だった。
ジブリや新海誠映画と比べると、そりゃあ「画」は違うかもしれない。
でも、もともと「画」を堪能する映画ではないと思うしね。
どちらかと言うと大友克洋系の映像かもしれない。
補足(ネタバレ含む)
物語に新規性、斬新性がないような書き方をしたが、クライマックス直前、あっと驚く展開が一つ隠されている。この辺りは脚本の勝利で、小気味好い。
『エイリアン コヴェナント』は駄作もいいところ、甘くて30点がいいところ
【物語】★☆☆☆☆
【演技】★☆☆☆☆
【映像】★★★☆☆
《総合評価》30点
リドリー・スコット監督が巨匠であることは論を待たない。
だが、私は『コヴェナント』を駄作と言い切ることに、何ら迷いはない。
40年も前にSFの金字塔「エイリアン」を生み出した監督は、
本当に、もう二度とエイリアンに近づかないでほしい。
歴代エイリアン映画の中で、最低だ。
ちなみに私の言う「エイリアン映画」には「APV」も含まれる。
つまり、エイリアン1、2、3、4、プロメテウス、APV、APV2より酷いのだ。
そんなはずはない、と思うかもしれない。
私も3時間前まではそう思っていた。
以下、ガンガンネタバレを含みながら、感想を述べる。
まずストーリーが、全くもってひどい。
突き詰めると、本作が駄作の理由はここに集約される。
私の中の分類では、1はホラー映画である。
宇宙を舞台にした本格ホラーとしては、史上初の、そして今でもその輝きを失わない大傑作だ。
2と4はホラーテイストのアクション映画である。
2は言わずと知れた「第2作が第1作を上回ったかも知れない稀有な例」。
4も、賛否両論はあったかも知れないが、アクション映画として楽しめた。
3とプロメテウスは、アクションより、メッセージ性を重視した作品だ。
正直、3は陰気臭い。
宗教臭い、と言うべきか。
1→2と過激性を強めてきた経緯から考えると、もっと炸裂した映画を期待してしまったが、どちらかと言うとリプリーの精神性を堪能する映画になった。
私はあまり好きではなかったが、「これが落としどころか」と一定の理解はした。
そしてプロメテウス。
これはエイリアン映画、と言うより、エイリアンの前日譚と言うことで、割り切って見た。アクションやホラーとしてはいまいちだが、何かの深いメッセージ、と言うと聞こえはいいが、年寄り監督特有の、小難しいメッセージを発しようとしていた。それが成功しているかどうかは微妙だが、まあ、「ああ、そう言うことがしたかったのね」と理解はできた。そもそもタイトルにエイリアンという文字が入っていないので、同じような期待をするのも酷だ。
(AVPについてはは、ここでは置いておく。)
さて、コヴェナントであるが、これはどんなカテゴリーに入るのか。
実はそこが最大の問題点。
少なくとも、ホラー映画、アクション映画としては、レベルがお粗末だ。
容易に先が読める展開、コテコテの展開のオンパレード。
これをホラー映画、アクション映画として評価するなら、学芸会レベル。
ちょっと映画を聞きかじった素人が、つぎはぎして書いたような代物。
では何かメッセージがあるのかというと、それも汲み取れない。
何か言いたげだったが、説明不足で、全く伝わらない。
ただただ、出来の悪い筋書きの、消化不良の、キレの悪いションベンみたいな映画。
よくこんな脚本に資金を投じようと思ったものだ。
その証拠に、キャラクター、役者が、どれも魅力的でない。
印象にも残らない。
マイケル・ファスベンダーのための映画、と一部で言われているようだが、
そのファスベンダーの役どころだって、正直陳腐なものだった。
このパターンは、見飽きてると言っても過言ではない。
他のクルーは、言わずもがな、テンプレの「死に役」しかいない。
何がしたかったのか?
リドリー・スコット監督は、何かを言いたかったのかも知れないが、自分が言いたいことに没頭したあまり、登場人物を放ったらかしにしたようだ。
あるいは、完全にボケて、周囲が何も言えないだけかも知れない。
映像は、「さすがリドリー・スコット」と言いたいところだが、
最近は彼に負けないSF映画もあるので、正直「及第点」以上の何者でもない。
エイリアンが公開された同年、マッドマックスも公開された。
こちらは約40年の雌伏の時を経て、昨年「デスロード」として完全進化を遂げた。
ジョージ・ミラーに負けず、リドリーの「エイリアン」も完全進化を遂げるかと期待したが、本当に期待はずれに終わった。
無念である。
『新感染』83点 予想外にいいゾンビ映画!
【物語】★★★★★
【演技】★★★★☆
【映像】★★★★☆
総合評価87点
ゾンビ映画好きとしては、「え? 韓国のゾンビ映画?」と最初は眉唾だったが、
海外でも評価が高いらしく、予告をやあらすじを見ても面白そうだったので、
あまり深く考えずに見ることにした。
川崎の映画館で最終上映の回、がら空きだろうという予想に反して9割席が埋まっていた。そういえば今日は1日、映画の日。
半額で見るなら、外してもいいか。
そんな気持ちで見始めたのだが、ごめんなさい、なめてました。
面白かったです。
厳密にいうとゾンビ映画ではない。「28日後」や「アイアムヒーロー」と同じ、人が感染し、凶暴化する類のパニック映画。
娘を離婚した母親に合わせるため、ソウルから釜山に向かう超特急に娘と父親が乗るところから物語が始まる。日本で言う所の新幹線。タイトル「新感染」のセンスのなさが残念だが、原タイトルは「釜山へ」。こっちの方がかっこいい。
そして、この超特急というシチュエーションが素晴らしい。
古くは「オリエント急行殺人事件」、最近だと「スノーピアサー」など、電車を面白く使った映画は、本当にハラハラするし、面白い。本作もその例外ではない。
高速で走る列車内は、ある意味で安全地帯であり、ある意味で閉ざされた密室である。その使い方が巧みで、冒頭からラストまで緊張感が途切れることがない。
そして、ストーリーが明快だ。
設定こそ斬新だが、あまり余計な寄り道をせず、リニアに最後までズバッとエンタメを貫く姿勢は評価したい。途中でダレることもなく、素直にその状況を楽しめる、否、怖がれる。
役者もなかなかいい。
残念ながら誰一人知らないのだが、それぞれいい味出してる。
特におっさんたち。
これは、役者もさることながら、脚本がいいんだろう。全員の立ち位置というか、キャラ設定が明快で、途中で「なんでそんなことするんだ?」と首をひねることが少ない。
この手の映画には、主人公を危機に晒すために、足を引っ張ったり、反社会的判断をするキャラが不可欠なのだが、そこを上手くやらないとストレスが溜まる。この映画では、あまりストレスがたまらなかった。
映像も迫力がある。
相当お金と人員を動員したのではないか、列車や駅をうまく使い、スケールの大きな絵になっている。ハリウッドにも負けていない。
観る前は、「韓国映画ってグロいだけかも?」という偏見もあったのだが、そのあたり、絶妙に「汚くない」仕上がりになっている。血は出るし、怖いんだが、汚くない。「アイアムアヒーロー」の方がむしろ汚かったなあ・・・
ゾンビ映画を真面目に、かつ、創意工夫を凝らして作った良作である。
見てよかった。